緩い鎖

当初の目的は明確だったのです。
とある理由で飼わざるを得なくなったあの犬が、私たち家族に全く馴れなかったものですから、あの犬の行動を制限して、私たち家族に危害を加えないようにすること。
それが目的でした。
そのために、あの鎖であの犬を繫いだのです。
当時、私は犬を毛嫌いしていましたが、そんな私でも、さすがにやり過ぎかなとは感じていました。
それほどあの鎖は短い割に重く、あの犬はちょっと動くにもしんどそうにしていました。ましてや、庭を自由に駆けるなどできようもなく、吠えることさえせずに犬小屋でふさぎ込む様子でした。
もちろん、かわいそうだとは思っていました。
なにせ私が庭に出ると決まって、恨めしそうな視線と呻き声を私に放ってきましたから。
知人からは、
「これでは番犬の役目も期待できない」
と言われていました。
でもそれは、明確な目的のために鎖が十分に機能していたことの裏返しだったのです。
なんといいますか、
問題があるように見えて、あるべき状況であったのです。
近所に流れた噂
今になって思えば、あれが転機でした。
近所で悪い噂が広まったことです。
近所のアパートに怪しい風情漂う男が越してきて、その男の部屋に、同じように怪しげな男らが出入りするようになったことが原因でした。
噂の内容は、男らは外国から渡ってきた窃盗集団で、この辺りをターゲットにして犯行の下調べを行っている、とか。
それに、犯行を完遂するためなら彼らは手段を選ばず、人殺しすらも厭わない、と。
まあ、そんなものでした。
発生源は、「拡声器」などという不名誉なあだ名をつけられていた近所の奥さんでした。
ある日、男らが銘々に無線機のようなものを手にし、なおかつ耳にイヤホンを挿した格好でアパートの部屋に入っていくのを見た、その奥さんの見事な推理力によって生み出されたのです。
いつもなら、そんな取るに足らない噂に左右される私ではなかったのです。
でもその頃、関東地方で外国人の窃盗集団による犯罪事件が多発していて、連日連夜、マスコミを賑わせていました。
噂どおりに――正確に言うと、噂が事件の内容に似ていたということですが――犯行の手口は荒っぽく、阻止しようとした家人が殺傷されるというショッキングな事件も報じられていました。
ここは九州です。
それでも報道に感化された私は、噂を事実であるかのように扱い、男らを警戒するようになっていました。
意識して男らを観察し始めると、たしかに彼らは怪しかったのです。
後に分かったのですが、彼らの行動が怪しく見えたのは、彼らが探偵業を営んでいたことに関連していたようでした。
犬の力を利用する
テレビのワイドショーは、疑心暗鬼に陥った私が着目せざるを得ない事実を、しつこく取り上げて伝えました。
それは、犬を飼っている家で犯行被害に遭ったところはない、というものでした。
通りに並ぶ家々が片っ端から被害に遭った時も、犬を飼っている家だけは被害に遭わずに済んだというのです。
しかも、ある家では男らが侵入した形跡があるのに被害を免れており、それは庭の番犬が男らを撃退したからだというのです。
私は、あの犬と向き合わざるを得ませんでした。
その頃まで、犬嫌いな私には幸いなことに、あの犬は私を襲うような素振りを微塵も見せませんでした。
それどころか、勇気を振り絞って繫がれたままのあの犬を撫でてやった時など、転がって腹を見せ、甘えるような声を上げたのです。
そうこうするうちに、私のあの犬に対する警戒心は薄れていきました。
そして私は、あの犬が本来的に持つ攻撃力を、私たち家族の安全――つまり、男らの犯罪からこの家を守ること――に利用しようとしたのです。
鎖を緩める
私がしたことは、あの短くて重い鎖を、庭を自由に駆けることができるほどの長さにまで伸びる、細くて軽い可変式のリールに変えたことでした。
それにより、あの犬は庭の自由を得ました。
しかし、その自由が私たち家族に危害を及ぼすようなことはありませんでした。
もっとも、通常は犬小屋から半径5メートル程度に可動範囲を制限していたのですが。
それでも私はあの犬を信じ、砂上の安心に満足していたのです。
事件
唐突に事件は起きました。
あの夜、ある男が庭に侵入してきたのです。
後に分かったことですが、酔っ払いが家を間違えただけでした。
侵入と同時に、家の部屋中に侵入を知らせるアラート音が鳴り響きました。私は、不審者センサーの付いた最新の警報器まで設置していたのです。
この緊急時に私が思いついたことは、あの犬を繫ぐリールの可動域を最大限にし、敷地内のどこにでも行けるようにして、侵入者を撃退させることでした。
実際、私はそのようにしました。
スマートフォンにインストールしてあったアプリを用いた操作で可能でしたので、可動域を広げるまでには3秒とかからなかったでしょう。
そうしてから庭を見ると、あの犬が男と対峙し、威嚇していました。
そこで私は、妻と子供たちを男から遠ざけようと、犬小屋の後方に誘導しました。
誘導してからあの犬の方へ振り返ると、男があの犬に噛みつかれ、人形のように振り回されているところでした。
想定したとおりに、あの犬は男を撃退してくれたのです。
もっとも、私はその時、あの犬が男を撃退したことによる安堵感など感じることなく、人形となった男をなかなか離そうとせず、弄し続けるあの犬本来の姿を、ただ呆然と見ているしかありませんでした。
どれくらいの時間が経過したのでしょうか。
ようやく、あの犬が材料となった人形を解放し、私たちの方に振り返ったのです。
私が記憶できていることは、ここまでなのです。
何のための鎖だったのか
短くて重い鎖であの犬を繫いだのは、あの犬が本来的に持つ凶暴性を封ずるためでした。
鎖の目的は、あの犬の行動を制限すること。
明確だったのです。
それが、周囲の状況――状況といっても、具体的に切迫したものではなく、近所の噂や遠い地方の犯罪を報ずる報道でしたが――や、あの犬の日常の様子――服従の仕草は鎖から逃れる術だったのかもしれません――によって、あの犬の攻撃力を利用して家の安全を確保することを目的に追加し、鎖を普通の可変リールに変えてしまいました。
これで、当初の目的が極めて不明瞭になってしまいました。
私は明らかな間違いを犯してしまったのです。
いくら日常的に問題がないように思えても、あの犬の本来的な凶暴性は常に警戒していなければならず、家族の安全を守るなどと理由をつけて、あの犬に課した制限を緩和するなど、本末転倒になりかねない――現実にそうなったのですが――極めて愚かな行いでした。
私は、噂などに焚き付けられて、家の外の敵から家族を守ろうと策を講じました。
しかし、本当の敵は家の中にありました。
それまで効果的に機能していた鎖――前にも言いましたが、問題があるように見えて、あるべき状況にあったものです――を、私は自ら緩めてしまったのです。
緩い鎖
ところで、今、私がどうなっているか推測できますか。
あなたは、私たち家族を守ってくれるはずのあの犬に、私たち家族が噛み殺されたとでも思っているのではないでしょうか。
たしかに、あの犬は私たち家族を守るどころか、私たちを攻撃しました。
正確に言うと、私を攻撃している隙に家族は逃げることができたので、攻撃されたのは私ということですが。
そして、私は深刻な被害を受けました。
それでも、私は回復したのです。
良かったですねって?
そりゃあ、回復できたことには安堵しています。
しかし、悪気なく間違って我が家に入り込んでしまった人がお亡くなりになってしまい、その責任の大半は私にあると感じていますので、決して「良かった」などと大きな声で言えるものではありません。
それに何しろ、我が家には、あの鎖が2つに増えているのです。
あの犬と、そして私が繫がれています。
私の家族は、あの犬と同じように、私も警戒しなければならない存在だったということを、あの事件を通じて気付いたというわけです。
いくら何でもやり過ぎじゃないかって?
そりゃあ、家族もそう感じてくれてはいるのです。
でも家族にとって、鎖が2つある現在の状況が、
問題があるように見えて、あるべき状況にあるのです。
鎖に繫がれている私が言うのもなんですが、あなたが私と同じ間違いを犯さぬよう、次のように忠告しておきます。
あなたが思い描くことは、本来の敵に武器を与えるようなことにならないかい?
本当の危機の在処を誤認してはいないかい?
とね。


