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かけがえのないあなたの自由を支援します|法務行政書士事務所リーガル・ウィンド|福島県福島市 > 民事法務 > 相続業務 > 相続の費用は誰が負担するのか―民法885条の「当然」から考える

相続の費用は誰が負担するのか―民法885条の「当然」から考える


前回まで、相続制度について、三つの視点から考えてきました。

一つは、相続人が有していた潜在的持分の顕在化・払戻し。

一つは、遺された家族の生活保障。

そしてもう一つは、権利義務関係の安定(取引の安全)です。

第2回では、このうち生活保障と権利義務関係の安定(取引の安全)が、債務超過の相続では反対方向を向くことがあること、そして民法は、相続放棄や限定承認という制度を用意し、その最終的な選択を相続人自身の意思に委ねていることを考えました。

今回は、そこから少し違う問題を考えてみたいと思います。

相続のために必要となった費用は、誰が負担するのでしょうか。

民法885条は「その財産の中から支弁する」と定めている

民法885条は、次のように定めています。

「相続財産に関する費用は、その財産の中から支弁する。ただし、相続人の過失によるものは、この限りでない。」

条文だけを読むと、非常に単純です。

相続財産に関する費用なのだから、相続人個人の財布からではなく、相続財産から支払う。

そういう規定に見えます。

しかし、私はここで、いつもの疑問を持ちます。

なぜなのでしょうか。

「法律にそう書いてあるから」というのは、条文の内容についての答えではあっても、その制度がなぜ存在するのかについての答えにはなりません。

なぜ、相続財産に関する費用は、相続財産から支弁するのでしょうか。

梅謙次郎博士の「当然」

この問題を考えるきっかけになったのが、明治民法の起草者の一人である梅謙次郎博士の説明でした。

梅博士は、相続財産に関する費用について、

「相続財産ニ関スル費用ハ概シテ相続財産ヲ保護スル為ニ必要ナルモノナルカ故ニ、其財産ヲ以テ之ヲ支弁スルハ、固ヨリ当然ト謂ハサルヲ得ス」

と説明しています。

現代語にすれば、相続財産に関する費用は、おおむね相続財産を保護するために必要なものなのだから、その財産から支弁するのは当然である、ということです。

この説明を最初に読むと、少し禅問答のようにも見えます。

相続財産を保護するための費用だから、相続財産から払うのは当然である。

なるほど。

しかし、

なぜ、それが「当然」なのでしょうか。

私は、この「当然」という言葉の後ろに、相続制度そのものの趣旨が隠れているように思います。

なぜ相続財産を「保護」する必要があるのか

そもそも、なぜ相続財産を保護するのでしょうか。

財産そのものには、守ってほしいという意思はありません。

土地や預金を、それ自体のために保護するわけでもありません。

相続財産を保護するということは、結局、その財産が果たすべき役割を損なわないようにすることだと思います。

では、その役割とは何でしょうか。

前回まで考えてきた相続制度の趣旨に戻れば、その一つとして、相続人の生活保障があります。

被相続人が死亡しても、遺された家族の生活は続きます。

それまで家族の生活を支えていた財産を、死亡という出来事によって散逸させるのではなく、相続人に承継させる。

相続財産を保護する理由の一つは、ここにあるのではないでしょうか。

つまり、

相続財産を保護すること自体が目的なのではない。

その財産を相続人に承継させることによって、その生活を保障することに意味がある。

私は、そのように考えています。

もちろん、相続財産を保護する目的は、それだけではありません。

相続財産には、被相続人の債権者の責任財産という側面もあります。

したがって、相続財産の散逸を防ぐことは、権利義務関係の安定(取引の安全)のためにも必要です。

ここでも、前回まで見てきた複数の価値が関係しています。

100万円の遺産と、手元資金0円の相続人

ここで、非常に単純な例を考えてみます。

ある人が亡くなり、100万円の預金を残したとします。

相続人は一人です。

しかし、その相続人自身には、自由に使える手元資金が全くないとします。

そして、その100万円を相続人に承継させるために必要な手続に10万円の費用がかかるとします。

このとき、

「100万円は相続財産ですから、そのまま相続人に渡します。手続に要した10万円は、あなた自身のお金から別に支払ってください。」

とするのが、本当に相続制度の趣旨に適うのでしょうか。

相続人には手元資金がありません。

その人は、相続財産として100万円を受け取るために、どこかから10万円を調達しなければならなくなります。

場合によっては、借金をしなければならないかもしれません。

これは奇妙です。

相続制度が相続人の生活保障という目的を持ち、そのために相続財産を保護し、承継させようとしているのであれば、その承継のために必要となった費用を、相続財産とは別に相続人の生活資金から支出させることは、少なくとも制度の目的と緊張関係に立つように思います。

むしろ、

100万円の相続財産があり、

その財産を保護し、承継するために10万円の費用が必要だったのであれば、

その10万円を相続財産から支弁し、残った90万円を相続人に承継させる。

この方が自然ではないでしょうか。

「相続人が払う」のと「相続財産から払う」のは同じなのか

ここで、こんな反論も考えられます。

結局、100万円から10万円を差し引けば、相続人が受け取るのは90万円です。

一度100万円を相続人に渡して、その相続人から10万円を払ってもらっても、最終的には90万円です。

結果は同じではないか。

しかし、私は同じではないと思います。

問題は最終的な数字だけではなく、その費用を何に帰属させるべきかだからです。

相続財産を保護し、管理し、相続人に承継させるために必要となった費用であるなら、その費用は相続人個人の生活上の支出として生じたものではありません。

相続財産をめぐる事務のために生じた費用です。

だからこそ民法885条は、

「相続人が負担する」

ではなく、

「その財産の中から支弁する」

と規定したのではないでしょうか。

ここには、単なる計算方法以上の意味があるように思います。

士業の報酬も「相続財産に関する費用」なのか

ここまで考えてくると、私自身の仕事にも関係する疑問が生じます。

行政書士などの専門家が、相続財産を調査し、相続関係を確定し、遺産分割協議書などの書類を作成し、相続財産を相続人に承継させるための手続を行った場合、その報酬はどこから支払われるべきなのでしょうか。

通常、専門家への報酬債務は、専門家に業務を依頼した者との契約によって発生します。

したがって、

「相続人Aが行政書士に依頼したのだから、その報酬はA個人が支払うべきである」

と考えることもできます。

契約関係だけを見れば、その説明には理由があります。

しかし、ここでも私は、

その報酬債務が誰との契約によって発生したのかという問題と、その費用が実質的に何のために生じたのかという問題は、分けて考える必要があるのではないか

と思います。

「誰が依頼したか」と「何のための費用か」は同じ問題ではない

たとえば、相続人が三人いるとします。

そのうち一人が代表して行政書士に依頼し、

被相続人の戸籍を収集する。

相続人を確定する。

相続財産を調査する。

遺産分割協議に必要な資料を整理する。

遺産分割協議書を作成する。

預貯金の解約等、相続財産を現実に承継させるための手続を行う。

こうした業務を行ったとします。

依頼契約を締結したのは、一人の相続人です。

しかし、その業務によって整理されたのは、その一人の相続人の固有財産ではありません。

相続財産と、それをめぐる相続関係です。

そして、その成果によって、最終的には各相続人への財産の承継が可能になります。

そうであるなら、

「誰が依頼したのか」だけを理由として、その費用の性質まで当然にその人個人の費用と決めてよいのか

という疑問が生じます。

もちろん、依頼した相続人だけの利益のために行われた業務であれば、話は別です。

たとえば、他の相続人より多くの財産を取得するために、その一人だけの立場から法律上の主張を組み立てた。

あるいは、その相続人固有の事情について相談を受けた。

そのような業務まで、相続財産全体のための費用とすることには無理があります。

重要なのは、報酬という名目ではなく、その報酬の対象となった業務の実質を見ることではないでしょうか。

「全員の利益」ではなく、「相続財産に関する費用」なのか

もっとも、

「相続人全員の利益になったのだから、相続財産から払えばよい」

とするだけでも、不十分だと思います。

結果として複数の相続人が利益を受けたことと、その費用が相続財産そのものに関する費用であることとは、同じではないからです。

ここで再び民法885条の文言に戻る必要があります。

条文がいうのは、

「相続人全員のための費用」

ではありません。

「相続財産に関する費用」

です。

したがって、判断の中心になるべきなのは、

その業務が相続財産を維持し、管理し、清算し、あるいは相続人への承継を実現するために必要なものであったか

という点ではないでしょうか。

報酬であるという理由だけで、885条の対象から当然に外れるわけでもありません。

重要なのは、

その専門家が、何のために、どのような仕事をしたのか。

ということになります。

「差し引いてよいか」は前提問題にすぎない

ここで、私がこの問題を考えることになった実務上の場面に戻ります。

複数の相続人がいて、相続財産として預金がある。

行政書士が相続手続を行い、その預金を解約して代理受領し、各相続人に遺産分割協議の内容に従って配分する。

そして、その行政書士の報酬が10万円だったとします。

もちろん、行政書士が代理受領した預金から自らの報酬を控除できるのか、という問題はあります。

しかし、これは主として、委任契約の内容、報酬債権、代理受領権限その他の債権法上の法律関係によって検討すべき問題です。

適切な契約関係や権限があれば、報酬を相続財産から受領するという処理そのものについて、私はそれほど大きな疑問を感じません。

したがって、私がここで本当に問題にしたいのは、

「差し引いてよいか」

ということではありません。

その一歩先です。

その報酬が民法885条の「相続財産に関する費用」に該当するのであれば、

相続財産を各相続人へ分配する前に、そこから支弁すべきなのではないか。

という問題です。

100万円を先に配ってから費用を請求する必要があるのか

相続財産として100万円の預金があり、相続人AとBがそれぞれ2分の1ずつ取得することになったとします。

そして、この100万円を相続人に承継させるために必要となった専門家報酬が10万円だったとします。

仮に、この10万円が民法885条の「相続財産に関する費用」に該当するのであれば、まず相続財産から10万円を支弁し、残った90万円をAとBに2分の1ずつ配分すれば、

A 45万円

B 45万円

となります。

ところが、100万円を先に、

A 50万円

B 50万円

と全額配分したうえで、専門家への依頼者であるAだけに10万円を請求したとします。

その時点では、

A 40万円

B 50万円

となります。

もちろん、その10万円が本来相続財産全体に関する費用なのであれば、その後、AとBとの間で適切に清算することによって、最終的にはA45万円、B45万円という状態に戻すことは可能でしょう。

しかし、私はここで疑問を感じます。

なぜ、わざわざA一人に10万円を先に負担させ、その後にBとの間で求償その他の清算をさせなければならないのでしょうか。

民法885条は、「相続人の一人がいったん立て替え、後で他の相続人との間で清算する」と定めているのではありません。

「相続財産に関する費用は、その財産の中から支弁する」

と定めています。

相続財産がまだ存在し、その財産から費用を支弁することができるのであれば、まずその財産から費用を支弁し、その残余を相続人に分配する。

その方が、条文の文言に素直です。

しかも、一人の相続人に一時的とはいえ固有財産からの支出を強い、その後に求償や清算という負担まで負わせる必要もありません。

最終的に帳尻が合えばよいという問題ではなく、その途中で相続人に不要な資金負担をさせないことにも、885条の「その財産の中から支弁する」という仕組みの意味があるのではないでしょうか。

相続財産を配る前に「純額」を確定する

この問題を考えるとき、相続財産を、

最初から相続人に分配すべき100万円

と見ること自体が違うのかもしれません。

100万円という積極財産が存在する。

しかし、その財産を保護し、管理し、清算し、相続人へ承継させるために必要となった885条所定の費用が10万円ある。

そうであれば、相続人へ最終的に承継させるべき財産は、

100万円-10万円=90万円

なのではないでしょうか。

つまり、

相続財産に関する費用を先に清算し、その残余として確定した純財産を相続人に分配する。

この順序です。

遺産を全部配った後で費用を徴収するのではなく、費用を支弁した後の残余を遺産として分配する。

私は、885条の「その財産の中から支弁する」という言葉は、このような清算構造を示しているように思います。

ただし、士業報酬がすべて885条の費用になるわけではない

ここは、改めて強調しておく必要があります。

私は、

行政書士報酬はすべて相続財産から支払うべきだ

と言っているわけではありません。

885条が問題としているのは「相続財産に関する費用」です。

したがって、専門家が行った業務ごとに、その実質を見る必要があります。

相続財産の調査。

相続人確定のための戸籍収集。

相続財産を管理・換価・清算するための事務。

相続財産を各相続人へ承継させるための事務。

こうした業務については、885条との関係を検討する意味があります。

これに対して、

特定の相続人が他の相続人より多く取得するためだけの個別相談。

相続人間の紛争において特定の一人の利益だけを実現するために行われた事務。

相続財産とは直接関係しない、その相続人固有の問題についての業務。

このようなものまで、当然に相続財産から支弁すべき費用とはいえません。

ですから、結局のところ、

「行政書士報酬かどうか」

ではなく、

「その報酬の対象となった仕事は、相続財産との関係でどのような性質を持っているのか」

を見なければならないのだと思います。

契約上の報酬債務と、885条上の費用負担は区別する

また、もう一つ区別すべき問題があります。

一人の相続人が行政書士に依頼した場合、その行政書士に対して誰が報酬債務を負うのかという契約上の問題です。

契約をしていない他の相続人に対して、行政書士が当然に直接報酬を請求できるわけではありません。

これは委任契約等の問題です。

しかし、

誰が行政書士に対する契約上の債務者であるか

ということと、

その費用を最終的にどの財産から支弁すべきか

ということは、同じ問題ではありません。

一人の相続人が契約上の報酬債務者であるとしても、その報酬の対象となった業務が885条にいう相続財産に関する費用であるなら、その費用を相続財産から支弁するという別の問題が生じます。

この二つを混同しないことが重要だと思います。

私がたどり着いたところ

この問題を考え始めた当初、私の頭にあったのは、

「代理受領した相続財産から、自分の報酬を差し引いてよいのだろうか。」

という実務的な問いでした。

しかし、民法885条を読み、梅謙次郎博士の説明に当たり、さらに相続制度の目的まで遡ってみると、問題の中心はそこではないように思えてきました。

適切な契約関係や権限のもとで報酬を受領できるかという問題は、債権法上の問題として検討すればよい。

しかし、その費用が885条の「相続財産に関する費用」であるなら、

本来、相続財産を配る前に、その財産から先に支弁すべき費用なのではないか。

という問題が残ります。

もしそうであるなら、相続財産から報酬を控除することは、

専門家が自己の報酬を「先取りする」

という話ではありません。

むしろ、

相続財産に帰属すべき費用を清算したうえで、その残余を相続人に承継させる

という相続財産の清算の問題として捉えるべきことになります。

私は、ここに大きな違いがあると思っています。

梅謙次郎博士の「当然」をもう一度読む

最後に、もう一度、梅謙次郎博士の言葉に戻ります。

相続財産に関する費用は、相続財産を保護するために必要なのだから、

「其財産ヲ以テ之ヲ支弁スルハ、固ヨリ当然」

である。

最初にこの言葉を読んだとき、私は、

「なぜ当然なのだろう。」

と思いました。

しかし、相続制度そのものまで遡って考えてみると、その意味が少し見えてきたように思います。

相続財産は、それ自体を守るために保護されるのではありません。

その財産を相続人に承継させ、その生活を保障する。

被相続人をめぐって形成された権利義務関係を安定させる。

場合によっては、家族が財産形成に有していた潜在的持分を顕在化させる。

そのような相続制度の目的を実現するために、相続財産を保護する必要があります。

その保護、管理、清算、承継のために必要となった費用だからこそ、

その財産から支弁する。

そう考えるなら、梅博士の「当然」は、単なる同義反復ではありません。

その言葉の後ろには、相続制度全体の趣旨がある。

私は、そのように理解しています。

そして、今回も結局、同じところに戻ってきました。

個々の条文を理解するときには、条文の文言だけを見るのではなく、

「なぜ、この制度があるのか。」

まで遡って考える。

民法885条の短い一文も、そこまで遡ってみると、かなり違った姿に見えてくるように思います。

【参考文献】

梅謙次郎『民法要義 巻之五 相続編』

中川善之助・泉久雄編『新版注釈民法(26)相続(1)――相続総則・相続人』(有斐閣、1992年)

中川善之助・泉久雄『相続法〔第4版〕』(有斐閣、2000年)

潮見佳男『詳解相続法〔第2版〕』

民法第885条

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2026年9月10日(木)  コメントorトラックバックはまだありません  相続業務

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