文書に署名・押印することの法的意義(6)− 二段の推定
文書の成立の真正の証明は困難
前回の考察で、文書の成立の真正(文書が作成者の意思に基づいて作成されていること)は、当該文書の形式的証拠力(文書に特定の人物の思想内容が表現されていること)の前提となるので重要であり、その証明は文書提出者がしなければならないが、それは困難なことであるということを述べました。
立証負担の緩和①−民事訴訟法228条4項
民事訴訟法は文書提出者の立証負担を緩和する規定を置いています。
それが、民事訴訟法228条4項です。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
この規定により、提出した文書上に文書作成者本人又は代理人の署名又は押印が認められれば、その文書全体について成立の真正が推定されます。したがって、文書の成立の真正を立証するために、文書提出者は、提出した文書上の署名又は押印が文書作成者本人又は代理人のものであることを立証するだけで足りることになり、立証負担の緩和が図られているのです。
民事訴訟法228条4項は、署名・押印の真正を要求
もっとも、民事訴訟法228条4項の規定により文書の成立の真正が推定されるためには、単に文書上に文書作成者本人又は代理人の署名又は押印が顕出されればよいわけではなく、その署名又は押印が本人又は代理人の意思に基づくものであることが要求されているのです。この意思に基づく署名・押印を、文書の成立の真正と同様、署名・押印の真正と呼称します。そして、署名・押印の真正を立証することは、文書の成立の真正を立証するのと同様、困難なものであるのです。いうならば、署名・押印の真正の立証を文書提出者に求めることは、文書の成立の真正の立証の緩和とならないことになってしまうのです。
立証負担の緩和②−最三小判昭39.5.12民集18-4-597
そこで、最高裁が「文書中の印影が本人または代理人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当」という判断を示しました(最判昭和39年5月12日第三小法廷)。つまり、文章中の印影が本人又は代理人の印章によって顕出されたたものであるときは、押印の真正が推定されると最高裁が判断したのです。
最高裁は続けて、押印の真正が推定された結果「推定がなされる結果、当該文書は、民訴三二六条(※現228条)にいう「本人又ハ其ノ代理人ノ(中略)捺印アルトキ」の要件を充たし、その全体が真正に成立したものと推定されることになる」と述べています。つまり、押印の真正が認められれば、民事訴訟法228条4項により文書全体の真正も認められると判断したのです。
二段の推定とは
以上を整理すると、①文書中の印影が本人又は代理人の印章によって顕出されたものであることを立証すると、判例法理により、押印の真正が推定され、②押印の真正が推定された結果、民事訴訟法228条4項により、文書全体の成立の真正が推定される、というスキームとなっています。
この、判例法理による押印の真正の推定(推定の一段階目)と、民事訴訟法228条4項による文書の成立の真正の推定(推定の二段階目)というスキームを「二段の推定」と呼称するのです。
文書中の本人又は代理人の印章による印影
↓ ① 判例法理による一段階目の推定
押印の真正の推定
↓ ② 民訴法228条4項による二段階目の推定
文書全体の成立の真正の推定