文書に署名・押印することの法的意義(5)− 文書の成立の真正
民事訴訟法第228条は文書の形式的証拠力について規定している。
前回の考察では、民事訴訟法第228条は、文書の意思表示主体を証拠化することに意義があると述べました。もっとも、この表現は、それより先に考察した文書に署名・押印することの慣習上の意義と連動させた表現ですので、法的意義に相応しいように言い直すと、文書が民事訴訟において証拠として使用できるか(形式的証拠力があるか)否かを判別する上で意義がある、となります。
文書の形式的証拠力とはなにか。
形式的証拠力とは、訴訟において証拠として使用できる価値のことを指します。ちなみに、実質的証拠力とは、訴訟で争われている事実の認定に役立つ価値を指します。そして、文書の形式的証拠力が認められるためには、文書がある特定人の一定の思想内容を表現したものである必要があります。
争いのある事実は証拠により判断する。
そもそも、民事訴訟において当事者間に争いのある事実は,証拠調べを行い判断するというしくみを確認しておかねばなりません。たとえば、売買契約を締結したか否かに争いがあるときは、契約書等の証拠調べを行い、売買契約締結の事実があるか否かを判断することになります。
売買契約書の形式的証拠力
売買契約の締結が係争事実だとすれば、通常、契約成立を主張する側が売買契約書を証拠として提出することになります。その際には、その契約書上に提出者が主張する売主と買主の思想内容(売ります買いますという意思)が表現されていないと、そもそも証拠として扱ってもらえないことになるのです。これが、当該売買契約書に形式的証拠力が認められるか否かの問題なのです。そして、この売買契約書が形式的証拠力を有するか否かは、売買契約成立を主張し売買契約書を証拠として提出した側が主張する売主と買主の思想内容が表現されているか否かで判断されるのです。
文書の成立の真正
ここで、民事訴訟法228条1項を確認して下さい。
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
この規定により「証明しなければならな」くなる者は、文書を証拠として提出する者です。この事は、先の売買契約成立を係争事実とする例で述べた通りです。そして、証明しなければならない内容は「文書の成立の真正」です。
ここでいう文書の成立の真正とは、文書を提出する側が主張する文書作成者の意思に基づいて当該文書が作成されていることを意味します。そして、文書の成立の真正を証明することは、その文書の形式的証拠力の前提(形式的証拠力が認められるためには、他に文書作成者の思想表明の有無が問われます)として非常に重要なもので、かつ容易ならざるものなのです。